スタートまで
今回の旅、計画段階では特に普通列車の旅にするかドライブ旅にするかの二択で最後まで迷ったものの、最終的にはドライブ旅でということになって、プラン・準備ののちに当日を迎えました。
初日はそのまま北上ではなく、まずは横浜中心部から県央部方向へ進んだ後、国道16号線を使って東京・埼玉の西部を北上し、群馬南部の藤岡で一泊する行程です。
二日目は藤岡から越後湯沢へ、三日目に最終目的地である津南町へ。
ということで、まずは保土ヶ谷バイパスから八王子バイパス経由で、東京環状線を目指します。
道もそこまで難しくなさそうだったので、まずはプラン通りに下道ドライブを味わうことにしました。
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群馬・藤岡へ
国道16号線のロングドライブ
まずは保土ヶ谷バイパスへ。
横浜中心部の土地勘ある道から保土ヶ谷バイパスへと向かう道路の状況は、概ねいつも通り。
保土ヶ谷バイパスもまた、「日帰り箱根旅」往路を思わせるような、「いつもの土曜午前」の状況でした。
保土ヶ谷バイパスは東名横浜町田インター付近から大和バイパスへ、さらに相模原の先で八王子バイパスへと繋がりますが、保土ヶ谷バイパスから八王子バイパスまで、全て国道16号線です。
大和バイパスから先で少々詰まり気味になった道路状況は、八王子バイパスから東京環状線(同じく国道16号線です)に入ったあたりで解消されました。
国道沿いをロードバイクで走る人をぼちぼち見かけるようになった、休日ならではの風景が目立つようになったのも東京環状線以降の風景でしたが、徐々に減って行った横浜ナンバーをほぼ見かけなくなったのも、やはりこの付近から。
この区間の道中の風景で圧倒されたのは、国道16号線沿い、JR八高線・東福生駅そばにある米空軍横田基地周辺です。
付近には英語の看板を出している店も結構あったことからか、「日本の中のアメリカ」を思わせるような雰囲気もあったのですが、これが中々爽快でした。
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東京の西部から埼玉の西部へ
東京環状線(国道16号線)経由で埼玉へ入った後、埼玉の中央を南北に走る国道254号線に合流するまでの区間では、幹線道路の裏道のような道をナビされる機会も増えていきました。
神奈川県央部から東京・埼玉西部を北上するルートを取ると、群馬に入るまで、行政区分以外の明確な境目って、車窓にはそれほど伝わってきません。
東京から埼玉に入っていきなり郊外感が増したというよりは、東京西部からの流れの続きに出てきた感が強かったのが、埼玉西部の風景でした。
昼食休憩
そんな風景の中をひた走り、正午を小一時間ほど回った13時過ぎ。
埼玉・群馬の県境付近、道沿いにあったコンビニの駐車場にて昼食休憩を取りました。
理想としては「昼食は、距離的にも時間的にもちょうどいいところにあったというような、ロードサイドのファミレスもしくはチェーン店にて」ではあったのですが、同じ平成でも前期と末では少々勝手が違ったようです。
手っ取り早く寄れそうなその手のお店、ほぼ見かけなくなっていました。
若干寂しいものもありますが、これもまた「令和の今につながる、道路事情の一端」ですね。
その結果の「コンビニお昼ごはん」ではあったのですが、細かいところで大雑把な計画を含むドライブの場合、それもまたなくはない感じといった感じのアバウトなお昼となりました。
理想が無理なら次善の策でということで、この辺りまではある程度想定内でもあったのですが、そうはいっても流石にコンビニの駐車場で一時間も二時間も時間をつぶすわけにもいきません。
ドライブ自体は順調だったこともあって、チェックインにはまだ早い時間の付近着となったのですが、それなら! ということで。
二日目に予定していた富岡製糸場訪問を前倒しにして、宿へのチェックイン前に見学していくことにしました。
世界遺産・富岡製糸場
ドライブで訪れる場合の注意点としては、施設(富岡製糸場)自体に駐車場がないことが挙げられます。
とはいえ、施設周辺にはお土産屋さんと共に多数の駐車場があるので、土日休日や連休時でもない限り、停めるだけであればなんとかなることの方が多いのではないかと思います。
問題は停めたあとですね。
似たような駐車場が多い上、製糸場周辺の景観は割とどこも似たような雰囲気を持っているので、スマホのマップのマッピング機能を使うなど、車を停めた位置をしっかり把握しておくことが必須となります。
個人的にも油断が災いする形でえらいことになりかけたのですが、ここは本当に要注意ポイントです。
ちなみに富岡製糸場の最寄り駅は、上信電鉄の上州富岡駅です。
上州富岡駅と富岡製糸場の間には、ランチを取れるレストランもたくさん用意されています。
上信電鉄は「養蚕業と交易のために通された路線」である上野鉄道が母体となった鉄道なのですが、改めて、地域一帯が「蚕と生糸」で栄えたエリアなのだということが伝わってくる部分でもありますね。
諸々考えると、どちらかというと電車で行くことがおすすめなスポットなのかもしれません。
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Info
- 富岡製糸場公式サイト
- 上信電鉄公式サイト “上州富岡駅“、”沿革“
- 群馬県公式サイト “旧上野鉄道関連施設“
初日の宿泊地、藤岡着・泊
富岡製糸場見学後は、ちょうどいい時間となったので、そのままJR群馬藤岡駅前のホテルまで。
チェックイン後はホテルの方に伺った温泉「鮎川温泉・金井の湯」(注)に入り、初日ドライブの疲れを取ることもできました。多少わかりにくいところにあった温泉ではあったのですが、食事もとれる施設で、地元では人気スポットの一つとなっているようです。
かなり気分良く利用することが出来ました。
(注)追記:残念ながら、「金井の湯」は2020年8月をもって閉館しました。
国道406号線(草津街道)ドライブ
現在草津街道と呼ばれている406号線は、かつて信州街道及び草津道と呼ばれた道です。
旧信州街道は、五街道の一つである中山道の「脇往還」、すなわち五街道に準ずる幹線道として機能していました。
一方、旧草津道は旧信州街道からさらに派生した「脇道」にあたります。
いずれも、道中には旧街道時代の風情を残す箇所が今も点在しています。
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藤岡から、国道406号線ルート
ドライブ二日目は群馬藤岡駅前を8時に出発、まずは同じ群馬県内の草津温泉を目指しました。
藤岡から草津へのルートでは、
- 17号線/353号線を走るか
- 406号線を走るか
という二択があったのですが、カーナビには最短ルートとして後者が指示されたため、今回のドライブではこちらのルートを選択することにしました。
ところで。
「最短ルート」とはいえ、埼玉から群馬に入ってすぐの藤岡と、県内北西部に位置する草津との間には、まだそれなりに距離があります。藤岡からの草津温泉行きは、横浜中心部から箱根・芦ノ湖に行くのとほぼ等距離に当たるということで、草津への道中は、前日に続いての長距離ドライブとなりました。
旧街道と、現在の草津街道
地図中央付近から左上に向かって通されている国道406号線は、既述のようにかつては中山道の脇往還にあたる信州街道として機能していた道で、現在は「草津街道」の通称でも知られています。
旧・信州街道、現・草津街道ですね。
今も406号線上にかつての面影を残す旧須賀尾宿は、かつての草津道(草津温泉に向かって通された、旧信州街道の脇道)への分岐点であり、温泉直前の難所・須賀尾峠手前に位置していました。
高崎宿と須賀尾宿は鉄道でいうところの乗換駅に該当しますが、
- 日本橋から高崎宿まで:中山道を進む
- 高崎宿から須賀尾宿まで:信州街道(現・406号線)を進む
- 須賀尾宿から先、「須賀尾峠」を超えて草津温泉へ:草津道(現・406号線)を進む
かつては概ねこのようなルートで、江戸と「名湯」が結ばれていました。
旧信州街道・須加尾宿
須賀尾宿は、17世紀初頭(1624年)に出来た、旧信州街道沿いの宿場町です。
幕末の侠客であった国定忠治が関所破りをし、かつ処刑されて最期を迎えたという曰くのある大戸関所跡も同じ通り沿いに位置しています。
グーグルマップの写真で道路の両サイドに小さく写っている木製の看板は、かつての旅籠や商家の屋号が書かれた木看板です。
旧草津道
旧・信州街道を過ぎ、旧草津道へ。
いずれも、現在の国道406号線(通称・草津街道)です。
旧須賀尾宿付近を通過すると、406号線も時に道幅が狭くなり、カーブの連続になりという形で草津温泉へと向かうのですが、道沿いに街灯はほぼなく、道の横を見ればかなり奥の方まで見渡せる森が続きます。
残念ながらこの道がそのまま昔の草津道だったということではなさそうなのですが、概ねこの山道の姿が「須賀尾峠超え」のかつての草津道の姿だったのだと捉えても、違いと言えばガードレールや舗装の有無くらいでしょうか。
そんなことを感じさせなくもない、どこか時代小説の中の風景を思わせるような道でもありました。
中世の草津道は、前記した須賀尾宿から草津温泉を経て野反湖へ、最終的には中津川と信濃川の合流地点である中魚沼郡・津南町(新潟県)まで伸びたあと、上越方面との間を結ぶことによって日本海側へ抜けるルートとなっていたようです(※)。
ただし江戸時代に入ると、徳川幕府肝煎りの街道整備によって、「日本海側へのメインルート」の座は北国街道・善光寺街道経由のものへと推移します。
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参考資料
草津メロディライン/道の駅(草津運動茶屋公園)
草津温泉が近づいてきたことを感じさせるサインとしては、「草津」の名を冠した道の駅・草津運動茶屋公園が用意されていることのほか、群馬メロディーラインという「法定速度で道を走ると走行音がメロディを奏でてくれる道」の整備があげられます。
「メロディーライン」は群馬県内に全部で10か所あるようなのですが、そのうちの一か所が、草津方面行きの日本ロマンチック街道(国道292号線)に作られています。
道に出ている告知を見て、実際に窓を開けて走行してみたのですが、確かにタイヤと道路がメロディを奏でていることがわかりました。
道の駅は草津温泉の中心である湯畑の手前(車だと湯畑までほぼすぐのところ)、「メロディライン」は道の駅の手前に位置していますが、草津温泉をすぐ傍に控えて草津節(※)のメロディラインでのお出迎えという粋な演出には、草津到着気分を高めてもらえること必至です。
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Info
- 群馬県 県土整備部 道路管理課 “群馬メロディーライン“
- 草津温泉ポータルサイト
- 道の駅・草津運動茶屋公園公式ホームページ
参考資料
- YouTube “Miku_KusatsuBushi_入浴中の初音ミクが草津節らしきものを高歌放吟“(※)
道の駅・八ッ場ふるさと館
日帰り温泉への入浴、およびちょっとしたお茶の時間ののちに草津温泉を出発後。
次の目的地であった越後湯沢までの道中には、道の駅・八ッ場ふるさと館がありました。
今は無き民主党の、鳩山政権時代。
まずはダム建設中止・実施を巡り、のちには公共事業の在り方そのものを巡り、時の議論が紛糾に次ぐ紛糾を繰り返したことから知名度が一躍全国区になったという、「八ッ場ダムの八ッ場」に作られた道の駅ですね。
一連の騒動で「ダム」と共に注目を浴びたのは、草津の御座之湯同様に源頼朝ゆかりの由緒を持つという川原湯温泉でした。
旧地の水没と新地への移転が改めて「政争の具」とされたように伝わったことは、終始不毛なイメージがついて回った「八ッ場騒動」の象徴でもあったのですが、紆余曲折を経て結局ダムは竣工し、古来ゆかりの温泉地も心機一転。
今ではダム共々、群馬の山あいにて新たな観光スポットとなっています。
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群馬・新潟の県境エリアへ
群馬県・県道53号線から国道17号線へ
Googleマップから、群馬県の県道53号線の一部区間の様子です。
八ッ場ダム付近を過ぎた後、県道53号線から国道17号線へ抜ける区間、すなわち三国街道へと進むルートでは、山中や山間に通された道路をひた走る区間が続きました。
「旧草津道」=現在の国道406号線同様、街灯なしで道幅も狭く、かつカーブも多い道路が続くため、この手の道に不慣れな場合、特に曇天・荒天時や夜間の走行では、それなりに腹を据える必要があることを思わされました。
県道53号線で越後湯沢を目指すルートでは、ダム湖であり桜の名所でもある赤谷湖手前で、国道17号線=三国街道と合流します。苗場、かぐら、みつまた、湯沢、石打丸山、上越国際等々といった、新潟県内ではスキー場だらけの地区を通過することでも有名な街道ですね。
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三国街道と三国峠、清水峠
三国峠や三国街道のいう「三国」とは、越後(新潟)、上野(群馬)、信濃(長野)三国のことで、かつての「三国」の国境に位置する三国山の峠、及びその峠につながる街道であることに由緒があります。
三国街道は概ね関越道と並走しますが、関越道ルートは地図右上(北東、谷川岳の地下)を進むことに対して、17号線(三国街道)ルートは地図中央付近を進みます。一般道と高速道でやや剥離が生じるこのエリアは、車でも鉄道でもいよいよ「県境感」が強くなる一帯ですが、こと「歴史」に目を転じた場合。
「三国峠ルート」は、かつて越後の諸藩が参勤交代のために使ったルートでもありました。
往時の参勤交代ルートは後世に「殿様街道」という通称をしばしば遺していますが、三国峠ルートの三国街道も然り。
今もなお、「かつて」の面影を色濃く残す「殿様街道」の名を伝えています。
ところで、話は少々変わりますが、関越道ルートの近くに通された鉄道のトンネル名、新清水・大清水の「清水」は、谷川連峰の清水峠に由来します。とはいえ清水峠は、三国街道(17号線)はおろか、関越道や新清水トンネル(上越線)・大清水トンネル(上越新幹線)からも少々距離があるので、
強いて「清水」を由緒にするにはそれなりの理由が必要になると考えられるところとなります。
この点、トンネル名として「谷川」ではなく「清水」が推されたことの理由は、古来より清水峠が(三国峠と並ぶ)国境越えルートの一つとされてきたことにあります。
清水峠経由、三国峠経由、双方のルートには、
- 難所をなだらかに迂回し北西方向に進む三国峠ルート
- 難所を厭わず一直線に北上する清水峠ルート
という違いのほか、
- 近世に栄えた三国峠ルート
- 昭和以降に栄えた清水峠ルート
という違いも存在しますが、これは人類の技術が「難所」を克服したことによって可能となった転換です。
元々清水峠ルートは苛烈な自然条件と共にある難所だという致命的なデメリットを持っていたため、遠回りでありながらもより通行しやすい三国峠ルートが江戸時代に入って整備されると、以降長らく三国峠ルートが「国境越え」の主流となってきました。
清水峠ルートにしても古来より開かれていたルートの一つであることに違いはなく、特に戦国武将・上杉謙信によって重宝されたという話は有名ですが、「人を選び、かつ時期を選ぶ」ルートである分、国内の幹線が一気に整備されることになった江戸時代には、より一般的な「三国峠・三国街道」ルートに大きく水を開けられる形となりました。
その後昭和に入って谷川岳の地下に清水トンネルが通されると、清水峠ルート、すなわち谷川岳地下ルートが注目を浴びる時期が到来します。
この「国境の長いトンネル」開通と、さらに続くトンネル(新清水トンネル、大清水トンネル、関越トンネル)の採掘によって、現在の三国街道はメインの関越道に対する「サブ」の一般国道としてのポジションに落ち着き、古来よりゆかりの「清水」「三国」それぞれのエリア名についても、一方はトンネル名として、もう一方は街道の通称名として、それぞれ未来へ持ち越される運びとなりました。
以下は、余談として。
その間には「文明開化」の美名の下、国内の欧化を至上命題とした明治新政府の官僚・大久保利通主導による「清水峠ルートの馬車道整備」が試みられたこともあるにはあったのですが、結論としては現実無視の勇み足に終わっています。
「江戸時代憎し」「旧弊は悪」といった、短絡的な思考からくる経験則軽視が裏目に出た形のわかりやすい失政ではありますが、その結果現在に残されることとなったのが「国道291号線(旧・国道8号線)・点線国道区間」です。
もちろん今後修復のあてがあるでもなく、現在もまた、将来に向かって荒れるに任せたままの廃道状態となっています。
関連リンク
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- 【旅と自然科学】群馬・新潟県境に雪が多く降る理由(高所の気候と湿った雲、大雪と空っ風)
- 【青春18きっぷの旅/四日目から五日目へ】「雪国」の宿”高半”と越後湯沢
- 【群馬/新潟青春18きっぷ旅:初日その16】土合駅から谷川岳ベースプラザへ
「殿様街道」で新潟県入り
Googleマップで奥に見えるトンネルは三国トンネル。トンネルの向こうは新潟県です。
冬場は豪雪地帯となる一帯も、夏場は太陽と緑がまぶしい一帯となります。
緑の中をひた走る夏場のドライブを体感しつつ、この日の宿泊地である越後湯沢まで。
明けて三日目は、前日同様朝8時スタートで次の目的地、すなわち今回の旅行の最終目的地にあたる中魚沼郡の津南町(新潟県)を目指しました。
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越後湯沢・津南町間の風景

津南町への道中、山道や田んぼ道が続く通り沿いに魚沼産のお米を売っている販売所を見つけました。

販売所の、駐車場からの風景です。

「魚沼エリア」(※)で魚沼産のお米を売っていること自体、ごく当たり前のことではあるのでしょうが、「いつも食べているお米の産地」を旅先で実感出来る瞬間は、中々の感動の瞬間でもありました。
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清津峡へ
十日町市に入ると、「清津峡」の宣伝と道案内がたびたび目につくようになりました。
清津峡は、富山の黒部峡谷、三重の大杉谷と並び日本三大峡谷の一つに数えられる名峡谷です。
ルートを確認してみたところ、津南町へのルート(国道353号線)上にあるようです。
ということで元々の予定を少々変更し、清津峡に寄ってみることにしました。
こういうアバウトさもまた、この手のドライブ旅の持つ魅力ですね。
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最終目的地・津南町へ

清津峡への寄り道後は、一路、今回のドライブの最終目的地である津南町を目指しました。
新潟県は中魚沼郡にある、国内屈指の豪雪地帯として有名なエリアですね。

季節が夏であるだけに、雪道走行を余儀なくされる冬場とは、まるでイメージが異なります。空気が美味しい、目に優しい、ところどころに田んぼを見ながらの、緑の中のドライブを満喫することになりました。

舗装道にはたんぼが隣接し、たんぼの向こうには山が、

はるか向こうまで広がり、上空には青空、さらには夏の雲が浮かんでいます。
信濃川火焔街道

津南町に入るすぐ手前にて「信濃川火焔街道」の表示を見かけました。
火焔街道の言う「火焔」とは、縄文土器(火焔型土器)の形に由来するネーミングです。

火焔街道沿いの橋の袂には、二人の子供の像が置かれていますが、

夏は夏なりに、背景の緑に雪帽子がマッチしています。
津南町にて
津南町観光と観光ガイド
津南町に入った後、まずは観光案内所を目指し、観光コースについて相談してみることにしました。
自分で調べた知識だけを持って周るのと、現地できちんと話を聞いて周るのとでやっぱり随分違うな、結果大正解だったと想いはしたものの、津南町に入る前に清津峡に寄っていたことから、残念ながら時間的に津南町で見られるスポットは限られていました。
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山道ドライブ

一面の緑の中を通された細い山道には、所々に幅寄せのためのスペースが作られています。

冬には一面が銀世界になるという一帯、今の季節は夏場の緑がすぐ近くまで迫ってきます。

道という道が昼夜でまるで別の表情を持っているようにも見えてきますが、夏場の日中だと、ドライブしているだけでも気力がチャージされるように感じるくらい、付近一帯は生命力に満ちています。

とはいえ、やはり上下一車線の山道は走り慣れていないと中々ハードルが高いです。
その意味でも、割とドキドキのドライブが続くことになりました。
津南町の風景

夏の空いっぱいに広がる雲、さらには道路の両側に広がったのどかな田園風景が続く中、

車を降りて写真を撮っていると、同じように車を停めて風景写真を撮っている方がいました。
同じ南関東からの遠征組だったようで、少々会話を交わしたところ、どうやら似たようなことを思って付近一帯の雰囲気を味わいつつ、風景をカメラに収めていたとのこと。
「地方」「自然」の人気の程が推し量れた瞬間でもありました。
津南町発

津南町の田園風景にはしばしば山道と田んぼが混在していますが、

下り山道を走って行くと、

やがて、ただひたすら田んぼの中を走る道へ。
まっすぐ走ると柏崎へ進む道のようですが、名残惜しさを感じつつ、津南町発。
約4時間弱の行程となりました。

