【鎌倉街歩き/鎌倉三十三観音】極楽寺(江ノ電極楽寺駅下車、桜橋、極楽洞傍)

南関東/静岡・山梨

about 極楽寺

江ノ電・極楽寺駅の駅名ともなっている「極楽寺」の歴史は、1257〜59年(正嘉しょうか年間)頃、鎌倉の深沢地域(※1)にあったとされる、阿弥陀如来像が安置された草堂(草ぶきの家)から始まりました。

草堂を作ったのは正永和尚、ないしは一人の「老僧」だとされています。

やがて1259(正元しょうげん元)年、鎌倉幕府の第二代執権・北条義時の三男・重時が現在地に移転・再建しました。

開山は、僧・忍性にんしょうです。

真言律宗(戒律と社会救済を重んじる宗派)のお寺で、施薬院(薬草の栽培等)、悲田院(福祉・養護施設)、施益院(困窮者救済)、福田院(病人保護施設)の四田院しでんいん四箇院しかいん ※2)が設けられると、大々的に福祉事業が展開されました。

一頃はかなり規模の大きいお寺だったようですが、現在はのちに再建された山門や本堂、さらには四田院ありし日を偲ばせる「石の薬鉢」などが、かつてより小さくなった境内に残されています(※3)。

◾️関連リンク

Guide

  • ※1:旧深沢村=現・湘南モノレールの沿線地区です。
  • 【鎌倉街歩き】江ノ電極楽寺駅周辺(桜橋、極楽洞、極楽寺、成就院)
  • ※2:一般的には、敬田院(仏教の修行・教育の場)、施薬院(医療施設)、療病院(長期療養施設)、悲田院(福祉・救護施設)の四施設は「四箇院」と呼ばれます。しかしかつての極楽寺では、そもそも実際の施設形態や運用が古代の「四箇院」とは微妙に異なっていました。そのような背景との親和性からか、ルーツ(四天王寺での施設の実態)を重視する場合には誤称とされる「四田院」の呼び方も、仏教の「福田ふくでん」概念(尊い存在、対象などを指し示す言葉)などに由来すると思われる通称として、広く伝わっています。
  • 【鎌倉街歩き/街歩きと鎌倉史】鎌倉五山と五山・十刹、山号の歴史(五山のルーツと成立、開山・開基)
  • 【鎌倉街歩き/街歩きと鎌倉史】鎌倉・長谷寺と古代の日本(鎌倉と奈良、徳道上人、鎮護国家)

Info

極楽寺・境内手前

現在、残念ながら境内では撮影禁止となっています。

まっすぐ本堂に向かって伸びた参道の長さは大寺院だったかつてを偲ばせますが、

現在の境内には、かつて施薬院、悲田院で使われていた薬鉢が本堂前に置かれている他、北条時宗縁の桜の木が植えられています。

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