about 明月院
- 1160(永暦元)年:山内首藤経俊が、父・山内首藤俊通の菩提を弔うため名月庵創建。
- 1263(弘長3)年:鎌倉幕府第五代執権・北条時頼が同地に最明寺創建。
- 1268(文永5)年:時頼実子、第八代執権・北条時宗が最明寺を前身とする禅興寺を創建。
- 1379(永和5)年:関東管領・上杉憲方が禅興寺を再興。境内の明月庵が「明月院」に改められる。
明月院の歴史は、1160(永暦元)年の「名月庵」創建に始まります。
明月庵は、当時相模鎌倉郡山内庄(現・鎌倉市山ノ内)を領していた山内首藤家の武将、山内首藤経俊によって創建されますが、以降、「明月庵」をルーツとする最明寺、禅興寺は、いずれも創建後の衰退を経験しました。
「明月庵」創建の約100年後、鎌倉幕府の第五代執権・北条時頼によって創建された最明寺は、残念ながら時頼の早逝と共に衰退します。その後時頼の実子である第八代執権・北条時宗の尽力によって禅興寺として創建(再興)されたものの、残念ながらその禅興寺もやがて衰退します。
その後1379(永和5)年、禅興寺創建の約100年後ですね。
時の関東管領、山内上杉家五代当主の上杉憲方が、室町幕府の第二代鎌倉公方・足利氏満の命を受けて禅興寺を再興し「禅興寺・中興の祖」となるのですが、このとき禅興寺の塔頭(※1)として造られたのが、のちにその名が上杉憲方の法名となる「明月院」でした(※2)。
公式パンフレットには、禅興寺再興に伴って『名月庵は明月院に改められ』とありますが、「再建」は名月庵創建から約200年後、今(2026年)から約650年前のことです。

禅興寺自体はその後も衰退と再興とを繰り返し、最終的に明治元年に廃寺となるのですが(※3)、禅興寺が廃寺となったあとにも明月院は残され、今に至ります。

現在の明月院は「アジサイ寺」としても有名ですが(後述)、アジサイシーズン(初夏)の天候に恵まれた日の場合、開門から入場規制までは曜日を問わず割とあっという間なので、同じく鎌倉でアジサイが名物となっている長谷寺共々、「朝一」がお勧め訪問時間帯となります。
最寄りはJR横須賀線・北鎌倉駅で、拝観時間は6月が8:30~17:00、6月以外が9:00~16:00。
拝観料は一般が500円、小中学生300円です。
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Guide
- 【鎌倉街歩き/街歩きと鎌倉史】鎌倉五山と五山・十刹、山号の歴史(五山のルーツと成立、開山・開基)
- ※1:お寺の境内に建てられた塔墓や院(小さな建物)のことです。
- ※2:上杉憲方の法名「明月院殿」は、寺院名に因んでいます。
- 【鎌倉街歩き】伝上杉憲方墓(江ノ電極楽寺駅下車、極楽寺・桜橋傍)(※2)
- ※3:明治新政府が発した「神仏分離令」、いわゆる廃仏毀釈政策の影響によります。
- 【鎌倉街歩き/街歩きと鎌倉史】山ノ内と山内上杉氏
Info
明月院・境内
北条時頼の墓

明月院内正面入り口傍には、最明寺の創建・北条時頼のお墓が置かれています。
明月院やぐら

明月院やぐらは、禅興寺中興の祖・上杉憲方の墓であると伝えられるほか、基壇上部に施された「十六羅漢」と思われる浮き彫りが確認できることから「羅漢洞」とも呼ばれています(※)。
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Info
宗猷堂(開山堂)

明月院の開山・密室守厳禅師の木像が安置された宗猷堂(開山堂)は、やぐら傍に置かれています。
本堂と枯山水

明月院の本堂前には、枯山水の庭園が整備されています。

枯山水は水を使わずに砂と石で山水を表現した庭で、室町時代、主に禅宗のお寺の庭園で発展したといわれています。
悟りの窓

枯山水の庭園前には、「悟りの窓」とも呼ばれている方丈の丸窓がありますが、

この丸窓もまた、明月院の名物です。
明月院・御朱印

御朱印は、方丈(本堂)に向かって左側にある寺務所にて、拝観後に入手可能です(500円、9:00〜16:00。6月のみ8:30〜17:00)。
初夏の明月院
現在の明月院は、鎌倉では長谷寺と並ぶ「アジサイ寺」として有名なお寺ですが、鎌倉時代以来の由緒を持つ明月院が「アジサイ寺」となったのは、昭和40年代のことでした。
お寺の持つ長い歴史の中ではつい最近の出来事ですが、明月院が戦後復興の一環としてアジサイ寺となったことは、国内各地の「アジサイ寺」ブームを先導します。
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Guide
- 【鎌倉街歩き/鎌倉三十三観音】長谷寺(江ノ電長谷駅下車、あじさい寺)
「アジサイ寺」として

一歩境内に入ると、どこでアジサイにファインダーを向けたとしても、

ほぼ確実に「記念撮影」の様子が写り込んで来ます。これもまた風情ですね。

現在の明月院境内ではアジサイ以外の花も咲くことから、「花の寺」とも称されていますが、

明月院名物「花想い地蔵」も境内に置かれています。
明月院ブルー

青色が目立つ明月院のアジサイの色は、しばしば「明月院ブルー」(※)という、お寺の名前を付した色として表現されます。

一つ一つの花に近寄ってみると、

それぞれの「ブルー」は微妙に異なっていることがわかります。

明月院のアジサイは基本的に手の届く距離、目の高さからさほど離れていないところに多く咲いています。
この点、地形がもたらす高低差によって視界の果てまでアジサイが続くように見える、同じ鎌倉のアジサイ寺である長谷寺とは好対照をなす魅力を持っています。
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Guide
- ※:RGBやCMYKなどで指示された特定の色(青)ではなく、明月院のヒメアジサイが魅せる「淡く深みのある青色」イメージの総体を表す表現です。
- 【鎌倉街歩き/鎌倉三十三観音】長谷寺(江ノ電長谷駅下車、あじさい寺)
秋の明月院 -紅葉-
秋の北鎌倉

12月初旬の北鎌倉、明月院へ向かう道中の様子です。

歩みを進めるにつれ、赤や黄色に染まった葉が秋の深まりを伝えてきます。
晩秋の境内

アジサイの季節には「明月院ブルー」が眩しかった境内では、

すでに秋から冬への装いが進んでいました。

枯山水の背景となっている紅葉も、時期により、年により、微妙に変化します。

この年は例年比だとやや寂しいようにも感じましたが、訪問直前に到来した台風や豪雨によって影響を与えられたようです。

