about 長谷寺
江ノ電・長谷駅(鎌倉駅から3駅目です)から徒歩圏内にある鎌倉有数の古刹・長谷寺は、天平8(736)年、聖武天皇の時代に創建されました。
伝承に基づき、開山は徳道上人、開基は藤原房前(藤原北家の祖)とされています(※)。

現在の長谷寺は北鎌倉の明月院と並ぶアジサイの名所として有名ですが、双方のお寺自体が持つ歴史に比べると、「アジサイ寺化」はいずれも比較的最近の話です。
明月院は昭和の半ば過ぎ、長谷寺は平成の初め以降、それぞれアジサイの名所となりました。
現在の長谷寺はアジサイに限らず様々な花が咲いているのも境内が持つ魅力で、その華やかな様子は「鎌倉の西方極楽浄土」(※2)と謳われています。
◾️関連リンク
Guide
- 【鎌倉街歩き/街歩きと鎌倉史】鎌倉・長谷寺と古代の日本(鎌倉と奈良、徳道上人、鎮護国家)(※1)
- 【鎌倉街歩き/鎌倉三十三観音】明月院(JR横須賀線北鎌倉駅下車、あじさい寺)
- ※2:西方極楽浄土とは、阿弥陀如来がいるとされる、西の方角にある仏教の世界の聖域を意味します。
Info
長谷寺・境内
あじさい路へ

長谷寺の名物であるあじさいが咲くエリアは、公式サイトで「眺望散策路」とされているあじさい路沿いです。境内が広い分見どころも多く、入場門からあじさい路までの間にも、長谷寺一流の魅力を持つエリアが続きます。
良縁地蔵、卍池、お地蔵さん

あじさい路までの道すがら、苔むした庭園内には「良縁地蔵」が置かれています。
良縁地蔵スポットは、境内に三か所あるようです。

現在は水子供養で有名なお寺でもありますが(※)、境内にもお地蔵さんがたくさん置かれているので、

幸運を意味する「卍」の名がつけられた卍池傍にも地蔵堂がある他、名物のあじさいエリアに入る前の時点で、これでもかとばかりの数のお地蔵さんを目にします。
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Guide
- ※:1970年代頃から、時の優生保護法改正をめぐる動きの影響を受ける形で「水子供養」の考え方が全国的に広がり、定着していきます。その時勢に沿う形で、特に長谷寺では水子供養のお寺としての知名度が上がっていきました。
Info・参考資料
- ※:森栗 茂一 “水子供養の発生と現状“
阿弥陀堂、観音堂、観音ミュージアム

地蔵堂のそばには、源頼朝が自身の厄除けのために作ったといわれる「阿弥陀如来」が置かれた阿弥陀堂があり、

阿弥陀堂の隣には、長谷寺の本尊である長谷観音が置かれた観音堂があります。
初代観音堂の創建は736(天平8)年ですが、現在の観音堂は関東大震災からの復興と、その後の再建を経て、昭和末期に建てられました。

観音堂の内部(撮影禁止です)には観音様が祀られている他、観音ミュージアムへの入り口もあります。

長谷寺境内にはお線香をあげることが出来る場所が何か所かありますが、

観音堂前もそのうちの一か所です。

(-人-)
見晴台

あじさい路の手前、観音堂や観音ミュージアムのすぐ隣には見晴らし台があって、由比ガ浜や材木座海岸の先にある葉山や逗子の海岸線を一望できます。

三浦半島方向の他、太平洋へと連なる相模湾方向も一望できますが、

あじさい路の入り口手前ではモミジの木々が生い茂っています。
葉の形から、新緑の季節にしてどこか秋の色鮮やかさも連想させられます。
◾️関連リンク
Guide
- 【鎌倉街歩き】長谷寺・見晴台から臨める風景(鎌倉の海岸線、三浦半島)
あじさい路

開門から一時間と少しが経過した、9時過ぎのあじさい路の様子です。
これでもまだ空いている方ではあるのですが、それでも人の流れが途切れず続きます。

遊歩道の両サイドでは、例年通り、色とりどりのアジサイが咲いています。

長谷寺のアジサイは、あじさい路すぐ近くから視界の切れ目まで、

延々と色とりどりに咲き乱れている様子が印象的です。

遊歩道の高低差によって視界の奥へとアジサイが広がる様子は、上下どちらの方向を見ても確認できます。

ほぼ同じ目の高さ、手の届く距離で「明月院ブルー」を楽しむことが出来るという明月院のアジサイとは、その魅力や味わいも好対照をなしている形ですね。
参考
- 【鎌倉街歩き/鎌倉三十三観音】明月院(JR横須賀線北鎌倉駅下車、あじさい寺)
あじさい路からの景観

あじさい路のクライマックスは、最上部に来た時に、あじさいの向こうに臨める風景です。

アジサイの向こうには、由比ガ浜の海岸線や、

さらには三浦半島の様子も視界に入って来ます。
経蔵

観音堂や観音ミュージアムのすぐ隣には、中に一面の「マニ車」(主にチベット仏教で使われる仏具)が備え付けられた経蔵があります。

壁に埋め込まれた滑車のようなものが「マニ車」で、中には漢文とサンスクリット語で書かれた般若心経が収められていますが、マニ車を回転させることで、その経典を唱えるのと同じ功徳があるといわれています。

毎日回すことが出来る「マニ車」に対して、特定の日のみ回すことが出来る蔵の中央に置かれた書架は、輪蔵と呼ばれます。
弁天窟

その昔、弘法大使が参籠した(窟内に籠った)といわれる弁天窟です。

長谷寺は「観音像の漂着という縁起に基づいて房前らが創建した寺院が、聖武天皇から勅願所(※)に指定された」という形で始まっていますが、そのほかに弘法大師が参籠したという伝承が残るのがこの弁天窟です。

弁天窟内には宇賀神(人の頭と蛇の体を持つという、民間信仰の神)が祀られている他、窟の名前にも付されている弁財天が祀られています。

道が狭く、天井も低い弁天窟内には、

弁財天を奉納できるスペースも設けられています。
◾️関連リンク
Guide
- 【鎌倉街歩き/街歩きと鎌倉史】鎌倉・長谷寺と古代の日本(鎌倉と奈良、徳道上人、鎮護国家)
- ※:勅願所とは、時の天皇陛下によって作られた、国の安泰を祈念するための場です。
書院と枯山水

長谷寺の書院は、平時であれば自由に写経が出来る場となっていますが、ここで一般の参拝者が写経した用紙が、観音堂傍にある経蔵に収められているようです。

書院前には枯山水の庭園がありますが、

写経はこの奥にある書院で、一般にも開かれる形で行われています。
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Info
なごみ地蔵

順路に沿って境内を散策した場合の終点付近では、なごみ地蔵が出迎えてくれます。混雑時には撮影待ちの列が出来たりもするという、中々の人気者です。

