【19年青春18きっぷの旅/2026リマスター】「雪国」の宿「高半」と湯沢町歴史民俗資料館

北関東/甲信越/中部

雪国の宿 高半

「高半」と川端康成

今回の青春18きっぷ旅最後の宿泊先となった「高半」は、ノーベル賞作家である川端康成さんが代表作『雪国』を執筆したという老舗ホテルです。

川端康成さんが仕事や療養等で各地を転々としながら湯沢に逗留する、という形で連作を書き始めたのが昭和9年のこと(※)。

以降3年間に渡って執筆のための書斎としていた「かすみの間」は、現在も保存され、公開されています。

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「雪国の宿」客室にて

チェックイン後、まずは客室へ。

室内には執筆等々に集中できそうなテーブルと座椅子、障子戸の向こうには一面の広い窓。「18きっぷ旅」最終日の夜を過ごすにはうってつけという贅沢な空間にて、この日までの旅の毎日を、改めて振り返ることとなりました。

これはのちに分かったことなのですが、現在の客室の雰囲気自体が川端康成さんの執筆部屋「かすみの間」に微かに似ていることも「高半」の大きな魅力で、まんま『雪国』の舞台となっていることを感じさせます。

明けて翌朝。カーテンを開けるとすぐ目の前は、晩夏の空の下にある湯沢の山々でした。

冬場であれば、窓の外は一面の銀世界ですね。

文学資料室/かすみの間

川端康成さんの執筆に利用された「かすみの間」は、文学資料室と共に公開されています。

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文学資料室

ホテル『高半』内にある文学資料室は、宿泊者であれば見学は無料です。メインはもちろん「雪国」関係の資料展示ですが、そのほかにも年代物の展示が楽しめます。

その昔の「高半」の宿帳・帳簿など。

これは、かつての表扉でしょうか。

越後を代表する戦国大名・上杉謙信関係の展示もあります。

高半の歴史や越後の歴史が展示されているコーナーにも見ごたえがありましたが、

やはり展示のメインは『雪国』関連の資料です。

色紙は現在進行形で増え続けている様子も伝わって来ますが、

棚一面に飾られ、丁寧に保存されているコレクションは圧巻です。

『雪国』記念館、『雪国』資料館の様相も呈していますが、

『文学資料室』というにふさわしい、聖地一流の展示が行われています。

かすみの間

『雪国』を生み出すために使われた執筆部屋「かすみの間」も、公開されています(宿泊客のみ、見学可)。

実際に川端康成さんが執筆活動に使っていた「かすみの間」は、映画『雪国』の撮影でも使われたようです。

部屋の片隅には『雪国』のヒロインである駒子(実在の人物をモデルにした、架空の人物)の和服が飾られていますが、この一点があることによって、大分部屋の雰囲気が変わってきます。

一見普通の和室といえば普通の和室なのですが、

「普通の和室」が普通には存在しない感もある昨今、

湯沢の山々と和室の調和が、どこかそのまま『雪国』の世界と繋がっているようにも伝わります。

『高半』チェックアウト

文学資料室と「かすみの間」見学後は、チェックアウトのためにフロントへ。

滞在時間的には本当にあっという間でしたが、とても満足度の高い時間を過ごすことが出来ました。

湯沢町歴史民俗資料館・雪国館

「雪国の宿」高半チェックアウト後は、最寄りの越後湯沢駅から徒歩圏内にある「雪国館」見学に向かいました。今回の18きっぷ旅では、最後の訪問先です。

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越後湯沢の郷土関連展示

湯沢の山に住んでいるというツキノワグマの展示や(結構迫力あります)、

縄文土器の展示(信濃川火焔街道の命名の由来となった、火焔土器もあります)、

江戸時代の高札(村の掟が提示された札)等々。

他にも湯沢の歴史にまつわる様々な展示(例えばわら細工の歴史に関するものなど)があるのですが、やはりここでも『雪国』が大々的に取り扱われています。

『雪国』関連展示

雪国館では、ヒロイン・駒子のモデルとなった実在の芸者・松栄まつえさん(=小高キクさん)が住んでいた部屋が再現され、公開されています。

川端康成さんの執筆部屋が残されている「高半」と対をなしている形ですね。

川端康成さんが湯沢の高半で『雪国』を執筆した三年間は、そのまま松栄さんと過ごした三年間でもあるようで、高半と雪国館双方を見ることで、より鮮明に小説の背景を把握することが出来ます。

上写真の新潟日報の特集記事は高半の文学資料室に展示されていたものですが、『雪国』執筆時の二人は馬が合い、かなり仲睦まじくやっていたようです。

『雪国』が完成し川端康成さんが越後湯沢を離れると、二人の再会は30年後となったらしい・・・、とされていますが、記事の指摘はあくまで推測によっているので、実際のところ再会はなかったのかもしれません(上写真も、高半の文学資料室のものです)。

松栄さん側には「二人の日々がモデルとされる形で公開された」と(『雪国』公開にあたって)複雑な感情を抱えていた時期もあったとされていますが、そのことに対してはのちに川端康成さんサイドからの誠実な働きかけもあったようで(「働きかけ」の態様には諸説があるようです)、最終的に「松栄」さんこと小高キクさんにとって、川端康成さんとの雪国の日々は生涯の「秘めた」温かい思い出となったようです。

「この作家にこの芸者あり」で成立した物語ではあったのでしょう。

芸者としての年季が明けた(=契約年数が終了した)「松栄」さんは、その後故郷である三条市に帰り和裁店に勤務。お店の職人さんと結婚して最終的には女将となった、つまりはその時点で芸者時代の自分とは一線を引いたとのことです(※)。

一方で、「雪国」作中の主人公島村の身上が示唆するように、「作家・川端康成」は雪国執筆開始時点ですでに既婚者でした。ゆえに「松栄」さんへの愛情も、元よりお互いの現実を重んじた上で成り立つ「境界線」ありきのものだったと考えられます。

家庭に入った「松栄」さんと、「東京の若き売れっ子作家」から世界的な作家へと名を上げた川端康成さん。

共に「30年前」とは別人になった二人の再会が本当にあったのか、それとも無かったのか。あったとして、その再会がどんな形でどの程度の意味を持つことになったのか。本当のところは当人同士のみぞ知るところなのでしょうが、「創作」の行間を支えている背景事情からも、どこか牧歌的な古き良きが伝わりますね。

このほか、民俗資料館には川端康成さん直筆の掛け軸や、

「国境の長いトンネル」(完成直後の清水トンネル)の写真にプリントされた名フレーズ、

さらには川端康成さんの数々の遺品が展示されています。

日頃身に付けていたものの他、生前の写真など。

ファンであれば、「高半」同様外せない施設となっています。

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参考資料

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